さよなら、リボルバー
全くタイプの違う2作品ですが、言ってる理は両極端のようで、でも実は一緒のような気がして。
世の中、残酷なことや凶悪な事件が起こったとしても、例え何が起こったとしても、廻り続けるし、
良きも悪きも、巡り巡って、必ず答えは出るような気がして。
私はただ距離を置いた場所から見ているだけでいたい。
どんな答えだとしても。
誰しも何も考えずに、フラットでいられる場所があってもいいはずだ。
そんな事を考え始めて早10年近く。
ターセム監督は、構想30年の映画を作った。
それは落下の王国だ。
私の人生は、誰しもがそうであるかのように世の中の端の端の、ほんの少しの理を体現するかのような気がして。
デシャヴが見せた意味。
私は今の状況、言われた言葉は一度夢の中でも見ている。
いつ何時、誰かの結婚式も見ることは出来ないかもしれない。
多分、もう普通には泣くことはないだろう。
さよなら、私の20代の想い出。
正直、何かを言ったり思ったりするのも気だるくて面倒くさくなり、いつの間にか忘れてる時がある。
前まで感じたことのない何もない無の感情。
今はおやすみ。
そして、多分さよなら。